発達障害の過去話・大学編 初めての鬱病

私は高校時代の得意科目と将来の夢から、近畿地方のとある大学の法学部を受験し、無事現役合格しました。
初めての一人暮らしには不安も大きかったですが、土地柄か社交的な人が多く、自分から話しかけるのが苦手な自分にも友人ができましたし、入部した音楽サークルでは経験者として歓迎され、希望に満ち溢れた大学生活がスタートしました。
しかし、その後に私を待っていたのは絶望の日々でした。

一人暮らしで最初に問題になったのが、朝全然起きられないということです。
夜更かしせずにしっかり寝ても寝坊してしまうことが頻繁にある一方、逆に、疲れているのに全然寝付けないという日も多くありました。
一人暮らしによって、睡眠リズムに大きな波があることが顕在化した私は、意味もなく丸2日起きているときもあれば、布団に入って目が覚めると二日後の早朝、ということもあったのです。

そして、学業の面でも徐々に問題が発生します。
法学という学問は答えが一つとは限らず、結論に至るまでのロジックさえ正しければ、違う回答でも正解になったりします。
しかし、私は「提示された条件から唯一の正しい答えを導き出す」というこだわりが強く、結論を一つに定められないことが苦痛だということをこのとき初めて自覚しました。

それだけでなく、この大学の法学部では、専門科目の試験はほぼ全て「長文の論述問題が2問だけ」のような形式で、選択問題や、法律用語の意味を問うような単純な問題は一切なし。
結果、試験には全く歯が立たず、講義には真面目に出席していたのに成績はボロボロというありさまでした。

そして最大の不運が、2年生の後期試験直前にインフルエンザにかかってしまい、身動きできないほどの体調不良に見舞われたことです。
当然「あとで追試を受けよう」と病院で診断書を取得したのですが、実は法学部には「理由を問わず専門科目の追試験は一切行わない」という学部規則があったのです。
法学部生のくせに規則をちゃんと押さえていないのが悪いのですが、これにより、遅れを取り戻そうと履修を詰め込んでいた専門科目の単位を全て落とした私は、留年が決定してしまいます。

これ以降、私は無力感から、ほとんど引きこもり状態になってしまいました。
大好きだった音楽への興味は完全に失ってしまい、楽器を弾く気力も全く沸きませんでした。
毎日ただひたすら「消えてしまいたい」と思っていました。

何に対しても興味がわかないし、何を食べても美味しくない。
それどころか、視界に入る人が皆自分を馬鹿にしているように感じる、いや、自分への嘲笑が頭に流れ込んできて「馬鹿にされているのが分かる」という、明らかにおかしい精神状態。
おそらくこれが、人生で初めての本格的な鬱状態だったのだと思います。

ですが、当時は「精神科や心療内科を受診する」という選択肢は思い付きませんでした。
ただでさえ初めての場所に行くのが苦手な私には、精神疾患系の病院に行くことにどうしても抵抗があったのです。
結局、私は半年近くの間、ほとんど大学に行くことができませんでした。

この時の私を助けてくれたのが、深夜アニメとインターネットでした。
私は元々オタク気質があったのですが、夜眠れなくなってテレビを垂れ流していた時期、やたらテンションの高い深夜アニメが視界に入り、何故かそのアニメにはまってしまったのです。
何かを見て笑ったのは久しぶりのことでした。

そして、色々なアニメについてネットで調べているうちに、2ちゃんねるに入り浸るようになります。
一般的に考えると全くもって良くない傾向なのですが、当時の私にとっては2ちゃんねるが鬱からの回復のきっかけになりました。
自分のことを人間失格だとしか思えないような精神状態だった私にとって、「自分と同じような状況の人が他にもたくさんいる」というのは、暗闇に光が差したとさえ感じられる出来事だったのです。

ここで「どうせ留年してろくな人生送れないんだ、もう好き勝手やろう」と完全に開き直った私は、人目を気にすることをやめました。
髪型をモヒカンにし、和装したり、スタッズだらけのライダースに黒のロングスカート(※私は男性です)をあわせたりしながらも、大学の講義では真面目に教室の最前列に陣取って、そのわりに新入生でもしないような初歩的な質問を教授にバンバンぶつける。
完全に変な奴です。

ですが、(さすがに髪型は就活前には普通に戻しましたが)他人からの評価を気にせず好き勝手に過ごすようになると、あれほど怖かった周囲の目は全く気にならなくなりました。
そしてこの時期に、以前から好意を持っていたサークルの後輩と交際することになり、彼女が精神的に大きな支えになってくれました。
学業面でも、学部の友人から前年の講義のノートを借りたり、認められる範囲で他学部の科目を履修することで単位を稼ぎ、苦戦したものの就職も決まり、5年かかったものの、どうにか大学を卒業することができました。

大学で陥ったこの状況の最大の原因として、やはり法学部がそもそも自分に合っていなかったのでしょう。
一歩間違えれば完全に潰れてしまい、大学を中退していたかもしれません。
高校生の時点で自分の発達障害特性が判っていれば、何か別の道があったのではないか、と今でも思ってしまいます。

また、当時の私は病院に行かず、とにかく休むことで一旦は元気になりましたが、ちゃんと心療内科に行っていれば半年もかけずに回復できたかもしれません。
最近は大学にカウンセラーがいることも多いようですし、やはり初期段階で何らかのカウンセリングを受けることが重要なのではないかと思います。
このあとも私と鬱との付き合いは続いていくことになるのですが、働き始めると、大学時代以上の苦しみが待っていました。

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カテゴリー:私の幼少期~学生時代の話

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