アスペ丸出し! 置き勉事件

私は小さい頃から「自分ルール」よりむしろ「社会的なルール」へのこだわりが異常に強い子でした。
当然、小学生の頃なんかは先生の言うことは絶対で、何か悪いことをしている同級生がいたら即座にチクるという、まあめんどくさい奴でした。
そんな私ですから、毎日くそ真面目に全ての教科書を家に持ち帰り、ランドセルはいつもパンパンだったんですが、小学4年生のときにちょっとした騒動が起きました。
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平和を脅かす非日常。クリスマスも正月も自分の誕生日も大嫌い

もうすっかり年末です。
あっという間にクリスマス。その後はお正月ですね。
私の2人の息子は、広汎性発達障害グレーゾーンの5歳長男、2歳次男の2人とも楽しみにしているようです。
しかし私は、覚えている限り5歳の時点でクリスマスもお正月も、自分の誕生日さえも大嫌いでした。
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発達障害の困りごと「感覚過敏」

発達障害の困りごとの多くは、周囲の人々はもちろん、自分の親にさえもなかなか理解してもらえないのが辛いところです。
「感覚過敏」はその最たるもののひとつでしょう。
私自身、「なぜ自分だけがこんな風に感じるんだろう」「誰にも理解してもらえない、もしかしたら自分は頭がおかしいのかな?」と考えた時期がありました。
なので、少しでもこの困りごとを広められればと思います。
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発達障害の過去話・大学編 初めての鬱病

私は高校時代の得意科目と将来の夢から、近畿地方のとある大学の法学部を受験し、無事現役合格しました。
初めての一人暮らしには不安も大きかったですが、土地柄か社交的な人が多く、自分から話しかけるのが苦手な自分にも友人ができました。
入部した音楽サークルでは経験者として歓迎され、調子に乗ってピアスを開けてみたりもして、希望に満ち溢れた大学生活がスタートしました。
しかし、その後に私を待っていたのは絶望の日々でした。
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発達障害の過去話・高校編 進路選択の失敗

中学受験で中高一貫校に入学した私は、学業成績は低空飛行ながらも、音楽仲間のおかげでどうにか学校に通っていました。
私が通っていた学校はいわゆるエスカレーター式で、原則としてそのまま内部進学できるので、高校入試はありません。
なので、中学生時代は「どうせ受験勉強は必要ないしなあ」という安心感から、なかなか勉強に本腰が入りませんでした。
ところが高校生になると、当然そうも言っていられなくなりました。
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発達障害の過去話・中学校編 絶望と新たな居場所

小学生時代から環境を変えるべく挑戦した中学入試で、無事合格することができた私は、自宅から電車で40分ほどのところにある国立の中高一貫校に入学しました。
進学校だけあって荒れた雰囲気もなく、入学当初は「ここでなら平和に生きていけそうだ」などと考えていました。
しかし、そんな私を待っていたのは、大きな挫折でした。
小学生のときは学校の授業は全部理解できたのに、中学に入った途端、授業に全くついていけなくなったのです。
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発達障害の過去話・小学校編② 顕在化する違和感

近所の公立小学校に通っていた私は、多少の対人トラブルを起こしつつも、不登校になったりすることはありませんでした。
しかし、小学生も4年生ぐらいになると、クラス内で色々な対立が起こるようになり、クラス内の序列、いわゆるスクールカーストも明確になってきます。
そんな状況の中、私は一方的にバーッと早口で喋ってしまう癖がなかなか直らず、人付き合いも相変わらず苦手でした。
「発達障害」など全く認知されていない当時のこと、クラス替えのたびに周囲になじむのに苦労していた私は、見事にスクールカーストの下層部分に位置することになってしまいました。
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発達障害の過去話・小学校編① 違和感の端緒

近所の公立小学校に進学した私は、勉強は得意でしたが、スポーツはかなり苦手でした。
それだけでなく、幼稚園時代から引き続き、日々色々なことに困っていました。
当時は全く自覚していませんでしたが、発達障害の特性により、普通なら困らないようなことに困っていたのかもしれません。
今回は、そんな小学生時代の前半について書いてみようと思います。
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発達障害の過去話・幼稚園編 地獄の途中入園

私は30代になってから発達障害の検査を受け、ASD(自閉症スペクトラム、少し前の呼び方で言うところのアスペルガー)と診断されました。
私が小さい頃には「発達障害」というものはまだまだ認知されていなかったので、自分のことを「発達障害かも?」と気付くのにはずいぶん時間がかかりましたが、今思えば私は小さい頃から少し変わった子でした。
そんな幼少期の話について、幼稚園時代のことから順番に書いてみようと思います。
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