30代妻子持ち、初めての無職

妻の再就職成功に伴い、私は鬱により半年間休職してしまった3社目の会社を、復帰することなく自己都合で退職することにしました。
上司と相談し、退職は2018年2月末日に決定。
上司からは「無理して最終日に出社しなくてもいい」と言ってもらえましたが、せめて社会人としての義理を通したいという思いもあり、最後に一度会社に行くことにしました。

最終の発達障害検査を受けた数日後の2月下旬のある日、私は久々に会社に向かいました。
時々電話やメールで状況報告をしてはいましたが、上司である総務課長に会うのは久々です。
少し雑談をした後、改めて状況を報告しました。

2度目の休職に入ってからも、なかなか鬱症状が改善せず、仮に無理して復帰しても足手まといにしかなりそうにないこと。
妻の再就職が無事決まり、ひとまず当面の生活の目処は立っていること。
入社1年も経たずに退職することについて非常に申し訳なく、良い会社だったにも関わらず退職せざるをえないのが残念だということ(本心です)。

そして各手続きや書類の説明を受け、最後に、さらに上の上司である総務部長も顔を出してくださいました。
なにせ、総務と人事を所管する部署で中途採用した30代前半の正社員が、入社1年足らずで、在籍期間の約半分を休職した状態で辞めるのですから、おそらく課長も部長も上から色々と言われたのではないかと思います。
にも関わらず、私のことを心配する言葉をかけて送り出していただき、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

こうして私は、2018年2月末日をもって、大卒で就職してから初めて正社員の身分を失いました。
この時点では発達障害検査の結果はまだ出ていなかったので、この会社に在籍したまま障害者雇用という道もあったのでは?という考えも無かったわけではありません。
しかし、仮に私が精神障害で障害者雇用の対象になったとしても、あまりに申し訳なさ過ぎてこの会社にはいづらかったでしょうし、退職という判断は間違っていなかったと思っています。

とはいえ、私はこの時点で既に「また何らかの方法で、少しでも早くお金を稼げるようになりたい」という気持ちを持っていました。
鬱病のことを考えるなら、一般的には何もせずゆっくり過ごすのが良いのかもしれません。
しかし私は、お金を稼ぐことで自分の存在価値を維持したかったのです。

会社にいた頃の分は傷病手当金が入りますが、在籍期間が短かったために退職後の傷病手当金は受給できませんし、退職金もありません。
そこで、私はひとまず離職票ができたらハローワークに行き、そこで紹介される仕事を見つつ、バイトでも何でもいいから自分にできる仕事を探してみよう、と考えました。
こうして、大卒社会人の一般的なレールからドロップアウトした人生が始まりました。

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カテゴリー:会社員時代の話

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