【発達障害の処世術】アスペなりの敬語とタメ口の使い分け

世の中には、人との距離感を測るのが異常に上手い、いわゆる「コミュ力が高い」人がいます。
一方、私は完全に俗に言うコミュ障で、小さい頃から友人知人との距離感が計れませんでした。
そんな私にとって、「相手との距離感に応じて話し方を変える」というのはなかなかハードルの高いものでした。

小さい子供は誰もがタメ口です。
育ちがいい子は幼少期から大人に敬語を使っていたりしますが、多くの人は成長に従い、失敗しながらも敬語とタメ口の使い分けを身に着けていくものなのでしょう。

しかし、私はもともと人付き合いが苦手で、同級生相手でさえ会話することに緊張していました。
そして、中学生になった頃、兄の友人に話しかけられた際にタメ口で返答してしまったことを兄にたしなめられて以来、私は「しまった、年上と会話するのはそもそも避けたほうがいいことなのだ」と判断してしまいました。
結果、私はあらゆる人間関係において、年長者と喋ることを極力回避し続けたまま大学生になってしまいました。

もちろん高校を卒業する頃には、最低限の常識として「年上には敬語を使う」ということは理解し、実践していました。
ですが、中には「いつまで敬語なの?タメ口でいいよ」と言ってくるような年上の人もおり、その運用は困難を極めました。
「同級生のA君は先輩とタメ口で喋っているのに、別の同級生B君はその先輩に敬語を使っている」という現象は、私にとってその違いを分析するのがあまりにも難しすぎたのです。

とはいえ、大学生にもなると年上との会話を避けてばかりもいられません。
自力で構築しなければならない人間関係が多く存在し、そのうえ浪人していた年上の同学年というややこしい人種も存在するのが大学です。

そこで私はこう考えました。
「敬語を使うべき相手にタメ口で話してしまうのは非常にまずいが、他方タメ口OKな相手に敬語で話しても大きな問題はない。ならば相手が誰であろうと最初は必ず敬語というルールに基づいて行動し、やめるよう言われた相手にはタメ口を使えばよいのでは?」

これは当時の私としては画期的な方策で、対外的には「敬語キャラ」「仲良くなるとタメ口になる」という程度のキャラ付けをされる程度で済みました。
また、「相手が上の学年である場合は例外なく敬語を使い続けるものとし、タメ口でいいよと言われても断る」というルールを徹底することで、自分が混乱に陥ることを防ぎました。
もしこの時期に年上の交際相手ができたなんてイベントが発生していたら、言葉の使い方が分からなくなるという重大なバグが生じていたのではないかと思うのですが、幸か不幸かそんなことにはならずに済みました。

このルールは就職して以降も続けましたが、それによって変なイメージを持たれたことはないと思います。
企業風土にもよるのかもしれませんが、大体の場合は後輩や新入社員相手に敬語で話しているからといって変な目で見られることはないでしょうし、むしろ「丁寧な人だ」と高評価になるかもしれません。
転職したりするとなおさら「年下の先輩」や「年上の後輩」というややこしいパターンが発生しやすくなりますが、「基本はとにかく敬語」というルールで行動すれば、不必要に悩まずに済みます。

余計なことを考えるリソースを減らすことは、必要なことを考える余力を残すことに直結します。
「自分の行動に例外規定を設けない」というのは、スムーズに生きるうえで非常に重要なのではないか、と思います。

「どっちにしよう?」と悩んだら「損が少ないと思われるほう」を選べば間違いありません。
タメ口よりは敬語。挨拶をしないよりはする。小さい声よりは大きい声。メールの宛名は「さん」を使わず「様」で統一。
そのほうが、全体的な失敗の量は確実に少なくて済むのです。

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