発達障害の過去話・小学校編① 苦手だらけの生活

近所の公立小学校に進学した私は、勉強は得意だったもののスポーツはかなり苦手で、それ以外にも幼稚園時代から引き続き、日々色々なことに困っていました。
当時は全く自覚していませんでしたが、発達障害の特性により、普通なら困らないようなことで困っていたのかもしれません。
今回は、そんな小学生時代の前半について書いてみようと思います。

スポーツが苦手、と言っても完全な運動音痴だったわけではなく、走ったり泳いだりは人並みにできました。
ただ、ボールを投げるときの体の動かし方がさっぱり分からず、球技が全くダメで、体力テストのソフトボール投げは女子も含めてクラスで最下位レベル。
また、サッカーや野球のようなチームスポーツでは自分の役割が全く分からず、いつも立ち尽くしていました。

幸いにも勉強の面では苦手科目もなく、成績はよかったのですが、授業で苦労したのが国語の教科書の音読です。
私は喋るスピードが自分で制御できず、いつも異常な早口だったのですが、それ以上に文章を目で読むスピードが速く、文章を口に出して音読するスピードと目で読むスピードが一致しませんでした。
口ではまだ3行目を読んでいるのに、目は既に5行目を追っている…というような状態で音読などできるはずもなく、担任の先生に相談しても「落ち着いてゆっくり読みなさい」としか言われず、常に次の行を隠しながら読むという解決策を編み出すまではかなり苦労しました。

また、私はとにかく本の虫で、小学校3年生になった頃には学校の図書室にある本をほぼ読み尽くしてしまったほどでしたが、ある朝、出欠点呼のときに本を読んでいて、集中しすぎて名前を呼ばれたことに気付かず、先生に本を取り上げられて「え?え?何事??」となって皆から笑われたことがあります。
一つのことに集中すると、時間を忘れてのめり込んでしまい、周囲の状況の変化に全く気付かないということが顕在化してきたのです。

そして、いわゆる共感性羞恥でしょうか、クラスメートが先生に叱られて泣いているのを見て自分も泣いてしまったり、怒っている人を見ると自分もイライラしてきたりということが非常に多かったです。
良く言えば「感受性が高い」とも言えそうですが、自分と他人の切り分けが上手くできていなかったのかもしれません。
クラスメートが黒板に書かれた算数の問題を解いているときに、計算式の間違いに気付き、まるで自分が間違えたように感じてしまって恥ずかしさで泣いてしまうということも多く、そんな時はよくからかわれました。

正直なところ、小学生にしては友達も少なかったです。
なるべく一人でいたかったので、休み時間はいつも本を読んでいましたし、自宅に友人を連れて帰ったことは一度もありません。
「友達と外で遊びなさい」と言われることもありましたが、そんなときは皆がサッカーをしている横で一人で木登りをしていました(自分では一緒に遊んでいるつもりでした)。

あと、「日常とは違う状況」が極端に苦手でした。
参観日なんかは地獄のように苦しかったのをよく覚えていますし、学校ではなく家での話になりますが、祖父母が自宅にやってきて夕食を一緒に食べる「誕生日」というイベントも大嫌いで、毎年のようにお腹を壊してトイレに閉じこもっていました。
大好物のチーズケーキが食べたいのに、「せっかく誕生日なんだから」と苺のショートケーキをホールで買い与えられるのも凄く嫌でした。

これらの私の性質が、今の時代であれば発達障害の発露と見なされるのか?
私には分かりませんし、おそらくこれだけでは情報が足りないでしょう。
ただ、こうして書き出してみると少し変わった子だったろうな、とは思えます。

こうして周囲から浮くような行動を取っていた私は、学年が上がるにつれて徐々にいじめのターゲットになっていきます。

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発達障害の過去話・小学校編② いじめと中学受験

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カテゴリー:私の幼少期~学生時代の話

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